東京高等裁判所 平成6年(ネ)4038号 判決 1995年10月31日
東京都港区三田四丁目一五番三五号 ウインザーハイム三田一〇三
控訴人
株式会社タイムスエンジニアリング
右代表者代表取締役
田口保男
右訴訟代理人弁護士
石川幸吉
札幌市中央区北一条西二丁目二番地の一
被控訴人
北海鋼機株式会社
右代表者代表取締役
小椋徹也
右訴訟代理人弁護士
廣井淳
同
廣井喜美子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、別紙目録一記載の各特許権につき、特許庁に、控訴人を専用実施権者とする専用実施権設定登録手続をなし、平成五年一月三〇日から右登録手続完了に至るまで、一日当たり金一万六六六〇円の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は控訴人に対し、金二五〇万円及びこれに対する平成五年一月三〇日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
5 仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 控訴人は、土木建築に関連する工法、器材、資材の設計等を主たる目的とする会社であるが、昭和五八年四月ころから、防錆技術の研究者として知られる京都大学の六車 煕教授(当時)の指導による超耐久性PC鋼材に関する技術開発を目的とする研究グループを結成し、その事務局を務めてきた。
2 控訴人と被控訴人は、昭和五九年一〇月一日付け合意書(乙第一号証、以下「本件合意書」という。)により、被控訴人が従来有していた流動浸漬粉体塗装法に関する技術を基礎に、控訴人と六車教授との蓄積技術である押出し加工、静電加工の技術を加えて、製品名に被控訴人の頭文字「HK」を付した新しいアンボンドストランド(HKストランド)を開発し、控訴人が主となってこれの企業化を行い、その収益をランニングロイヤルティとして被控訴人に還元することを基本とし、六車教授によって実質的に開発された右ストランドの加工技術に関する発明は被控訴人の名において出願し、控訴人が専用実施権者となるという契約を締結し、被控訴人は控訴人に対し、当時出願中であった別紙目録一(2)記載の発明及び技術提携期間中に出願が予定されていた同目録(1)記載の発明(以下、これらを「本件各発明」という。)について、特許権の設定登録がなされると同時に、存続期間を特許権の存続期間中、地域を日本全国、内容を全部、控訴人は第三者に対する実施許諾権限を有する、という内容の専用実施権を設定する旨約した。
3 別紙目録一(1)記載の特許権は平成四年一月二〇日、同目録(2)記載の特許権は同年三月三〇日、それぞれ設定の登録がなされた(以下「本件各特許権」という。)。
4 被控訴人が、前記2の約定に反して、本件各特許権につき控訴人のために専用実施権設定登録手続を行わないので、控訴人は、前記1の研究グループの会員に対し、本件各特許権についての実施許諾を行うことができなかった。
控訴人は、右研究グループの会員に対し、本件各特許権についての実施許諾を行うことにより、少なくとも月額五〇万円の実施許諾料を得ることができるから、一日当たりの実施許諾料相当損害金は一万六六六〇円である。
5 控訴人は、本件合意書の第5項に基づき、HKストランド企業化のための組織づくりを行うとともに、技術開発とHKストランドの用途開発を進めた。その後HKストランドをSDストランドと改称し、昭和六一年九月九日にエス・デー協会を発足させた。
平成元年ころ、右協会の経理に不正があるとの噂が立ったが、これは、エス・デー協会員であった黒沢建設株式会社(以下「黒沢建設」という。)が六車教授の発明を盗用して実用新案登録出願をした事実を糊塗するためにでっち上げたもので事実無根のものであった。
被控訴人は、右噂が事実無根であることを知りながら、黒沢建設の元営業課長大西浩の不祥事と控訴人を結びつけ、エス・デー協会の経理不正であると同協会員等に誇大に吹聴したため、控訴人の信用が失われた結果、エス・デー協会は解散せざるを得なかった。
また、被控訴人は、同社の技術担当者である蓮井武には理解できなかた本件各発明を含む六車教授の発明を黒沢建設が積極的に盗用しており、右蓮井には六車教授や控訴人の指導によってSDストランドの技術開発を行う能力がないことから、黒沢建設を利用することを考え、本件各発明は、六車教授ではなく右蓮井が行ったものであることをエス・デー協会員に宣伝する一方、昭和六三年一月以来、控訴人を通じて行われてきた被控訴人と黒沢建設との取引を密かに控訴人を排除して直接行うようにした。さらに、前記2項の技術開発契約に基づく専用実施権の設定を一方的に引き延ばし、更新拒絶の名のもとに契約を破棄したものである。
控訴人は、被控訴人が控訴人主宰のエス・デー協会を解散に追い込んだ信用毀損行為により五〇〇〇万円を下らない損害を被り、本件技術開発契約が不当破棄されたことにより、得べかりし本件各発明の実施許諾料一八〇〇万円を喪失した。
6 よって、控訴人は、被控訴人に対し、前記2の契約に基づき、特許庁に対し、控訴人のため本件各特許権についての専用実施権設定登録手続をなすこと、及び、本件訴状送達の日の翌日である平成五年一月三〇日から右登録手続完了に至るまで一日当たり一万六六六〇円の割合による実施許諾料相当損害金の支払いを求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記5の損害額の内金二五〇万円及びこれに対する平成五年一月三〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、控訴人の目的については認めるが、その余の事実は知らない。
2 同2の事実のうち、本件合意書により、被控訴人が控訴人に対し、本件各発明に係る特許権について専用実施権を設定する旨の合意が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。
控訴人と被控訴人間に成立した専用実施権設定契約の合意内容は、次のとおりである。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録二記載の特許権、及び、本件各発明に係る特許権について専用実施権を設定する。
(2) 控訴人は、被控訴人が承諾した場合、第三者に対し、右各特許権につき通常実施権を設定することができる。
(3) 控訴人及び被控訴人は、速やかに専用実施権設定登録手続を行う。
(4) イニシャルロイヤルティは無償とし、ランニングロイヤルティは純売上高の三パーセント(販売開始後二年間は一パーセント)を限度とする。
(5) 効力発生時期は昭和五九年一〇月一日からとする。
(6) 有効期間は二年とし、控訴人及び被控訴人のいずれかから期間満了の三か月前までに変更の申し入れがなければ、引き続き自動的に二年延長する。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実のうち、控訴人が主張の研究グループを結成し、その事務局を務めたことは知らない。控訴人が、右グループから、主張のとおりの実施許諾料を得られることは争う。
5 同5の事実のうち、控訴人がエス・デー協会を発足させたことは認める。黒沢建設が六車教授の発明を盗用して実用新案登録出願をしたこと、エス・デー協会の経理に不正があるとの噂が立ったことは知らない。その余は争う。
三 抗弁
1 控訴人と被控訴人は、昭和五九年一〇月一日、前記専用実施権設定契約を締結した際、有効期間を二年とし、控訴人及び被控訴人のいずれかから期間満了の三か月前までに変更の申し入れがなければ、引き続き自動的に二年延長する旨を約した。
右契約は、昭和六一年九月三〇日で終了すべきところ、控訴人と被控訴人のいずれからも変更の申し入れがなかったため、昭和六三年九月三〇日まで右契約が延長され、さらに同様に平成二年九月三〇日まで右契約が延長された。
2(一) 被控訴人は、控訴人に対し、平成二年一一月二一日、右契約を平成四年九月三〇日限り終了したい旨の変更の申し入れの書面を差し出し、右書面はそのころ控訴人に到達した。また、被控訴人は、控訴人に対し、平成四年六月二三日、内容証明郵便により、右契約を平成四年九月三〇日限り終了したい旨の変更の申し入れをし、右郵便はそのころ控訴人に到達した。
(二) 右変更の申し入れにより、右契約は平成四年九月三〇日限り終了した。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2(一)の事実は認め、同2(二)は争う。
本件合意書に基づく契約内容は、一定の条件(HKストランドの企業化を目的とする共同技術開発)下において成立した特許権について専用実施権を設定することの合意と、その専用実施権の第三者への再実施許諾条件と対価条件である。しかして、控訴人と被控訴人との間の本件合意は、合意書記載の有効期間中控訴人の専用実施権が存続するという趣旨のものではなく、その有効期間中に開発出願された技術について、権利の有効期間中存続する内容の専用実施権を設定するという趣旨のものであって、本件各発明の出願時において右合意が有効であれば、被控訴人は専用実施権設定登録をすべき義務がある。
本件各発明は、実質的に六車教授によって開発されたものであり、本件各特許権の出願費用を控訴人と被控訴人とが折半負担していることからしても、本件各発明については、本来控訴人と被控訴人とが共同出願すべきところ、控訴人が主となって企業化を行うといった事情から、被控訴人を特許出願人、控訴人を専用実施権者としたものであって、当事者としては、専用実施権の存続期間を特許権とは別に設定することなどは全く考えておらず、専用実施権の存続期間は当然特許権と同じものと考えていたのである。
第三 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 専用実施権設定登録手続請求について
一 控訴人が土木建築に関連する工法、器材、資材の設計等を主たる目的とする会社であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一四号証によれば、控訴人は、昭和五八年四月ころから、六車教授の指導による超耐久性PC鋼材に関する技術開発を目的とする研究グループを結成し、その事務局を務めてきたことが認められる。
二1 昭和五九年一〇月一日、被控訴人が控訴人に対し、本件各発明に係る特許権について専用実施権を設定する旨の合意が成立したことは当事者間に争いがなく、この事実に、いずれも成立に争いのない甲第九号証、第一〇号証、第一三号証ないし第一五号証、第二三号証の一・二、乙第一号証、第五号証、第六号証、第一一号証、いずれも原本の存在・成立に争いのない甲第一六号証ないし第二二号証、原審証人六車煕、同箱崎尊哉、当審証人蓮井武(後記採用しない部分を除く。)の各証言、原審における控訴人代表者尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人は、昭和五八年七月ころから、控訴人の紹介で、六車教授から、アンボンドPC鋼棒の防錆技術の開発について技術指導を受けるようになり、同教授は、同年一〇月、被控訴人の江別工場で行われた、被控訴人が有している技術である流動浸漬粉体塗装法によるPC鋼棒の防錆加工のテストに立ち会った。その際、同教授の示唆もあって、被控訴人において、右技術がPC鋼撚り線など他のPC鋼材や付属定着装置にも応用できるかについて実験したところ、被控訴人の技術者の予想に反して、同教授の期待したとおりの完全接着防錆の効果が得られた。
(二) 被控訴人としては、PC鋼撚り線の分野に進出する予定はなかったが、控訴人や六車教授からの要請により、右両者と協議の結果、遅くとも昭和五九年二月ころ、控訴人と被控訴人との間において、被控訴人が流動浸漬粉体塗装法、押出し加工法等によるPC鋼撚り線のアンボンド加工方法につき特許出願するとともに、控訴人が専用実施権者として右技術を活用することによって、アンボンドPC鋼撚り線の企業化を図る旨の基本的合意が成立した。
しかして、被控訴人は、昭和五九年四月六日、別紙目録一(2)記載の発明(流動浸漬粉体塗装法による「PC鋼より線アンボンド加工方法」)につき特許出願し、さらに、同目録(1)記載の発明(押出機法等による樹脂被覆層を形成することを特徴とする「PC鋼より線のアンボンド加工方法」)についても、特許出願すべく準備をはじめた。
(三) 昭和五九年一〇月初旬、控訴人と被控訴人は、六車教授を介添人として、アンボンドPC鋼撚り線の企業化に関する前記基本的合意を踏まえて、同月一日付けの本件合意書(乙第一号証)により、アンボンドPC鋼撚り線(HKストランド)の企業化に関する基本的事項について合意したが、本件合意書には、次のような記載がある。
なお、本件合意書は控訴人代表者が起案したものである。
(1) 被控訴人は、別紙目録二記載の特許権、本件各発明につき特許を受ける権利、及びこれらに関するノウハウを保有している。
(2) 控訴人は、六車教授の指導のもとに特殊プレストレストコンクリート工法の研究開発を推進している。
(3) 被控訴人は、控訴人の申し入れにより、控訴入に対して、
<1> 被控訴人が有する別紙目録二記載の特許権について、専用実施権を許諾する。
<2> 出願中の別紙目録一(2)記載の発明、及び出願準備中の同目録(1)記載の発明に係る特許を受ける権利についても、権利確定後、<1>と同条件で専用実施権を許諾する。
(4) 控訴人が許諾を受けた権利を第三者に再実施させる場合は、被控訴人の了解を得るものとする。
(5) 控訴人及び被控訴人は、速やかに、専用実施権設定登録手続等所定の公的手続を行う。
(6) 特許出願に要する費用は、控訴人及び被控訴人が折半して負担する。
(7) イニシャルロイヤルティは無償とし、ランニングロイヤルティは純売上高の三パーセント(販売開始後二年間は一パーセント)を限度とする。
(8) 本件合意書は、昭和五九年一〇月一日より効力を生ずる。
(9) 控訴人は、本企業化に最大の努力を傾注し、被控訴人の収益貢献に寄与するものとする。
(10) 本件合意書の有効期間は二年とする。なお、控訴人及び被控訴人のいずれかから期限三か月前までに変更の申し入れがなければ、引き続き自動的に二年延長するものとする。
(四) 被控訴人は、昭和六〇年六月一二日、別紙目録一(1)記載の発明について特許出願した。
(五) 控訴人は、昭和六〇年八月一日、被控訴人に対して、本件各発明の特許出願に要した費用の半額(一四万七八〇〇円)を支払った。
(六) 控訴人は、被控訴人の承諾を得て、昭和六三年一月二〇日、黒沢商事株式会社との間で、控訴人が製造販売権を有するSD工法によるPC鋼材(SDストランド、SD鋼棒、SDネジバー、定着体)について、製造販売の再実施権の許諾契約を締結して、本件各発明の実施を許諾した。
当審証人蓮井武の証言中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 右認定の各事実によれば、控訴人と被控訴人は、本件合意書により、被控訴人の有している別紙目録二記載の「PC鋼撚線の製造方法」に関する特許権、及び本件各発明を活用して、アンボンドPC鋼撚り線(HKストランド)の企業化を図ることを合意し、被控訴人は、右企業化に努める控訴人のため、別紙目録二記載の特許権につき専用実施権を設定するとともに、本件各発明については、特許権の発生を条件として専用実施権の成立を許諾し、特許権の設定登録がされ次第、速やかに専用実施権設定登録手続を行うことを約したものと認められる。なお、本件各発明については、特許権の設定登録前でも控訴人に専用的な実施権限と再許諾権限が与えられていたものと認められる。
三 別紙目録一(1)記載の特許権は平成四年一月二〇日、同目録(2)記載の特許権は同年三月三〇日、それぞれ設定の登録がなされたことは、当事者間に争いがない、
四1 本件合意書における前記二1(三)(8)、(10)の合意事項、前掲乙第一一号証、原審証人箱崎尊哉、当審証人蓮井武の各証言を総合すると、控訴人と被控訴人間では、本件合意書の有効期間は昭和五九年一〇月一日から二年間であり、控訴人又は被控訴人のいずれかから期間満了の三か月前までに変更の申し入れがない限り、さらに引き続き二年間ずつ自動的に更新されるが、右両者のいずれかから期間満了の三か月前までに変更の申し入れがあれば、その期間満了をもって本件合意書に基づく契約関係は終了するものと合意されていたものと認められる。
そして、弁論の全趣旨によれば、本件合意書の効力が発生した昭和五九年一〇月一日から二年後には控訴人と被控訴人のいずれからも変更の申し入れがなかったため、昭和六三年九月三〇日まで本件合意書による契約が延長され、次いで同様に平成二年九月三〇日まで右契約が延長され、さらに同様に平成四年九月三〇日まで右契約が延長されたことが認められる。
抗弁2(一)の事実(被控訴人が控訴人に対し、約定期限内に、本件契約を平成四年九月三〇日限り終了したい旨の変更の申し入れをしたこと)については、当事者間に争いがない。
以上の事実によれば、本件合意書に基づく契約関係は、平成四年九月三〇日限り終了したものであり、したがって、本件各発明についての控訴人の専用実施権の存続期間も終了したものと認められる。
2 控訴人は、本件各発明についての専用実施権の存続期間は本件各特許権の存続期間中であり、本件合意は、合意書記載の有効期間中控訴人の専用実施権が存続するという趣旨のものではなく、その有効期間中に開発出願された技術について、権利の有効期間中存続する内容の専用実施権を設定するという趣旨のものである旨主張し、控訴人代表者は、原審における尋問において、本件合意書に記載されている二年の有効期間というのは、本件合意書の内容を二年後に見直しをしようという趣旨で記載されたものであり、専用実施権の存続期間とは無関係であって、専用実施権の存続期間は本件各特許権の存続期間である旨供述し、前掲甲第一四号証にも同旨の記載がある。
しかしながら、本件合意書において、二年の有効期間は、控訴人又は被控訴人のいずれかから変更の申し入れがなければ自動的に更新されることになっていること、及び、控訴人代表者が本件合意書作成から二年後あるいはその後二年毎の更新時に、具体的に合意内容の見直しをしようと積極的な行動を起こしたことを認めるに足りる証拠はないことからすると、本件合意書における有効期間の約定が、単に本件合意書の内容の見直しのためのものと認めることは到底できない。そして、前記認定のとおり、控訴人又は被控訴人のいずれかから期間満了の三か月前までに変更の申し入れがあれば、その期間満了をもって本件合意書に基づく契約関係は終了するのであり、専用実施権の設定・許諾関係が本件合意書による契約の主たる対象事項となっている以上、右契約の終了により専用実施権の存続期間も終了することは当然のことであって、本件合意書の有効期間が専用実施権の存続期間と無関係であるということはできない。さらに、控訴人に対する本件各発明についての専用実施権の許諾は、控訴人が主となって行うアンボンドPC鋼撚り線(HKストランド)の企業化のためであるが、これが企業化につき未だ見通しも充分立たない段階で、専用実施権の存続期間を本件各特許権の存続期間と約定すべき合理的事情は見出し難く、逆に、企業化の見通しが必ずしも充分に得られなかったため、本件合意書の起案者である控訴人代表者の提案で、専用実施権の存続期間をも含めて二年単位の有効期間が設けられたものと推認される。
したがって、前記控訴人代表者の供述及び甲第一四号証の記載は、たやすく信用することができない。
また、控訴人は、本件各発明は実質的に六車教授によって開発されたものであり、本件各特許権の出願費用を控訴人と被控訴人とが折半負担していることからしても、本件各発明については、本来控訴人と被控訴人とが共同出願すべきところ、控訴人が主となって企業化を行うといった事情から、被控訴人を特許出願人、控訴人を専用実施権者としたものであって、当事者としては、専用実施権の存続期間を特許権とは別に設定することなどは全く考えておらず、専用実施権の存続期間は当然特許権と同じものと考えていた旨主張し、原審における控訴人代表者の尋問中には右主張に沿う供述部分が存するところ、本件各特許権の出願費用を控訴人と被控訴人が折半負担していることは前記認定のとおりであるが、当事者としては、専用実施権の存続期間は当然特許権と同じものと考えていたとの部分は、叙上認定、説示したところ、及び、原審証人箱崎尊哉、当審証人蓮井武の各証言に照らして、たやすく信用することができない。
原審証人六車熈の証言中には、本件合意書に基づく契約関係は平成四年九月三〇日限り終了し、本件各発明についての専用実施権の存続期間も終了した旨の前記認定に反する趣旨の部分が存するが、措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
五 以上によれば、控訴人の本訴請求中、専用実施権設定登録手続を求める部分は理由がない。
第二 実施料相当損害金請求について
前記第一のとおり、本件合意書に基づく契約は平成四年九月三〇日限り終了したものと認められるから、平成五年一月三〇日以降の実施料相当損害金の支払いを求める請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。
第三 損害賠償請求について
控訴人が、昭和六一年九月九日にエス・デー協会を発足させたことは、当事者間に争いがない。そして、前掲甲第一四号証及び原本の存在・成立に争いのない乙第二二号証によれば、平成元年ころ、右協会の経理に不正があるとの噂が立ったこと、右協会は同年七月に解散したことが認められる。
しかし、被控訴人が請求原因5掲記のような控訴人に対する信用毀損行為を行ったこと、及び、被控訴人の本件合意書による契約を終了したい旨の変更申し入れが不当破棄に当たるものであることを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被控訴人の不法行為を理由とする控訴人の損害賠償請求は理由がない。
第四 結論
以上のとおりであって、控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙
目録一
(1) 出願日 昭和六〇年六月一二日
出願公告日 平成二年一二月一七日
登録日 平成四年一月二〇日
登録番号 第一六三四六四〇号
発明の名称 PC鋼より線のアンボンド加工方法
(2) 出願日 昭和五九年四月六日
出願公告日 平成三年一月一四日
登録日 平成四年三月三〇日
登録番号 第一六四九四八六号
発明の名称 PC鋼より線アンボンド加工方法
目録二
出願日 昭和四七年三月六日
出願公告日 昭和五一年九月六日
登録日 昭和五二年四月二八日
登録番号 第八五八〇四六号
発明の名称 PC鋼撚線の製造方法